駅ハイ 下町の商店街をめぐりながら東京スカイツリー(R)を望む

西日暮里スタート。
今年の駅ハイによって上野から隅田川あたりの道をかなり覚えてきた。これからも開拓を進めていきたい。

旧真土(まつち)小学校。
平成元年(1989)に第四日暮里小学校と統合してひぐらし小学校となった。統合当初はこちらの校舎を使っていたが、平成3年(1991)に第四日暮里小学校跡地に新校舎が完成し役割を終える。フリースクールなどに利用されていたが、老朽化並びに三河島駅地区再開発に伴い2017年度中に解体される予定。

荒川仲町通り商店街。コースマップには「下町の雰囲気が味わえる」とあるが、浅草のような下町感ではなく韓国関係の店が多い。これを町おこしに、という雰囲気はない。

ジョイフル三の輪商店街。地元の人で活気がある。観光の人もぼちぼちいる。

妙に大きく見えるな。。。

あしたのジョーのいた街、いろは会商店街。ジョーは山谷のドヤ街に住んでいた。商店街の雰囲気はタイトル画像の通り。

見返り柳。
京都の島原遊郭を模して柳を植えた。吉原の遊郭で遊んだ客が大門を出て、柳のあたりで後ろ髪ひかれる思いで振り返ったということから見返り柳と呼ばれる。かつては山谷堀脇の土手にあったものが都市整備に伴って現在地に移転とあるので、この場所で振り返ったわけではない。
見返り柳は多くの川柳の題材ともなった。
きぬぎぬのうしろ髪ひく柳かな
見返れば意見か柳顔をうち

山谷堀公園。
山谷掘りは音無川を源に灌漑目的で江戸初期に作られたとされる。吉原へ船で行く水路にもなっていて、船を仕立てて遊ぶというのがステータスでもあったそうな。現在は埋め立てられ細長い公園になっている。別の説明板には暗渠にしたとある。

待乳山聖天公園は落ち葉で赤く染まっていた。

待乳山聖天(まつちやましょうでん)
金龍山浅草寺の支院で、正しくは待乳山本龍院と言う。推古天皇九年(601)の夏、干ばつで苦しむ人々を十一面観音が大聖歓喜尊天として顕現し、救ったことから聖天さまとして祀った。これが縁起とされる。
待乳山聖天では大根と巾着が御利益を端的に表したものとされる。手水舎向かいの額堂でお納め用の大根を授与頂き、本堂で納めた。お金を納めて大根を授与してもらう、というのも不思議な感じだが、大根持って本堂に進むというのも不思議な感じだった。農産物を納めるのは祭祀では見かけるがまさか自分が行おうとは。

隅田公園。

浅草。
コースマップで浅草と指し示されているところで撮影した。浅草寺の裏あたりである。

恐れ入り谷の鬼子母神のシャレで言うところの入谷鬼子母神である。法華宗眞源寺に祀られている。

ねぎし三平堂。
昭和の爆笑王、落語家の初代林家三平の記念館。

谷中銀座商店街。
観光商店街化が進んだ結果、もはや観光地。そもそも商店が集まったものを商店街と言うのだから商店街で間違ってはいないのか。地元の生活商店街ではないというだけだ。地域経済活性化に大きく貢献している点で、商店街再生の成功例だろう。

よみせ通り商店街。
大正九年、駒込染井から不忍池までの藍染川が埋め立てられ、商店街となった。谷中銀座と交わる付近は観光地化が進むが、少し離れれば地域住民向けのお店が並ぶ。

西日暮里駅に戻ってきてゴール。