駅ハイ 創建90年を迎えた明治神宮外苑 いちょう並木と周辺散策

タイトル画像は一見さんには難しい矢印信号。

信濃町駅。シナノチョウと思ってたけどシナノマチなんですね。

聖徳記念絵画館前がスタート受付である。岡山県万成産花崗岩、国産大理石などを利用し、大正十五年(1926)に竣工。明治維新を中心に歴史的光景を描いた巨大な絵画が展示されている。

国立競技場工事中で新宿方面を見通すことができる。

多武峯(とおのみね)内藤神社。
戦国大名内藤清成が屋敷内(現在の新宿御苑)に家祖の藤原鎌足を祀った神社を創建。明治十六年に現在地に移転した。

鉛筆の碑。
明治二十年(1887)に佐賀藩出身の眞崎仁六が眞崎鉛筆製造所を興し、大正五年(1916)に品川区東大井に移転するまで、多武峯内藤神社西方付近で鉛筆を製造した。現在の三菱鉛筆株式会社である。

四谷大木戸があったことを残す。

消防博物館で大岡越前の顔はめ看板を発見した。
大岡越前は火事の時に混乱と被害を助長することから家財道具を持って移動することを禁じた。違反者は荷物没収、本人だけでなく家主や隣近所のものまで罰するという厳しさだった。時代劇で火事の時に大八車を引っ張っているのはイメージなのか。
関東大震災では横網町公園(被服廠跡)に避難した人々の家財道具が燃え種となって3万8000人も犠牲になった。現代においては非常持ち出し袋の準備はよく言われているが、不要不急なものを持ち出さない、ということも知っておきたい。

杉大門通り。
江戸時代は全勝寺の門前町だったが、昭和40年代ごろから大人の落ち着いた飲み屋街に変わってきた。昼ではまだ町は眠っている、といったところだ。

新宿歴史博物館。
旧石器時代から現代までの新宿の博物館。どの区も大体石器なり土器なり出てくる上に、江戸時代の街並みも大差なく展示のネタは似通ってくる。よって、勝負はアイデアが肝になる。

本日の猫。
新宿歴史博物館は館内に撮影許可スポットが設けられている。

須賀神社。
もとは稲荷神社だったが、寛永二十一年に神田明神社内に祀られていた須佐之男命を合祀、明治元年に須賀神社と改称した。

民音音楽博物館。
世界の楽器を展示され、さわれるものもあるのが楽しい。

本日の猫2。

四谷鮫川橋地名発祥之所。

明治神宮外苑いちょう並木。

この並木のイチョウは新宿御苑で採取された種子を代々木の宮内省南豊島御料地内で育成され1600本にもなった中から、外苑造苑のため選抜し、並木として樹形を整えられたエリート中のエリートイチョウである。

警視庁のWebで紹介されているところでは、都民の声を幅広く聞く耳、社会全体の動きを素早くキャッチするアンテナ、社会のすみずみまで見渡す目を備えるピーポくんには妹と弟がいる。このほか、祖父母、父母の7人でピーポファミリーを形成する。なんてことだ、ピーポ君だけ裸にベルトで服を着てないぞ、、、ファミリーは着てるのに。