江戸ウォーキング04 芭蕉の遺跡と古刹を訪ね庶民的な門前町へ

江戸ウォーキングも50コース中3コース目となった。

都営地下鉄森下駅スタート。
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深川神明宮。
平成九年八月吉日建立の由来記によると、およそ400年前の住む人もなかったこの土地に深川八郎右衛門が一族とともに一帯を開拓。敬神の念篤き八郎右衛門が伊勢皇大神宮の御分霊を奉斎したことが神明宮の始まりとある。深川の地名は徳川家康江戸入府に際して地名のなかった当地を八郎右衛門の姓を取り「深川」としたことに由来する。
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江東区芭蕉記念館。
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隅田川に出る。
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芭蕉記念館分館史跡展望庭園。階段改修工事中で入れなかった。
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萬年橋から清州橋の眺め。清州橋はドイツのケルン市に架けられたライン川の吊り橋をモデルにしており、萬年橋からの眺めが美しく、ケルンの眺めと呼ばれる。
清州橋は昭和3年(1928)建造の重要文化財。
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清澄庭園。きよすみていえん。
江戸の豪商、紀伊国屋文左衛門の屋敷跡と伝わる。享保の頃、下総国関宿(せきやど)藩主、久世大和守の下屋敷となりある程度庭園が形作られた。明治11年に岩崎弥太郎が買い取り、大泉水や名石を配した明治時代を代表する庭園が造られた。
大正9年(1920)に岩崎家が市民行楽の地少なきを思い、清澄庭園として敷地三千坪を公開した。
大正12年(1923)の関東大震災では被害を被りながらも避難場所として多くの人命を救った。岩崎家は庭園の持つ防災機能を重視し、翌年破損の少なかった東側半分(現庭園部分)の15,541坪を東京市に寄付した。
昭和7年(1932)、震災からの復興を経て庭園公開。
昭和52年(1977)、西側隣接地を開放公園として追加開園。
昭和54年(1979)、東京都の名勝に指定。
園内には昭和4年9月東京市作成の石碑、清澄園記に当時の経緯が記録されている。
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イチョウ
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涼亭
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苔むした良い石
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明鏡止水
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石灯籠と鳥
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庭園らしい、いい風景だ。
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清澄公園。
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江東区深川江戸資料館。思いのほかすごいところだった。
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浄土宗長専院出世不動尊。
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深川不動尊。
真言宗で、成田山不動堂新勝寺の出張所として明治11年(1878)に当地に遷座された。元禄のはじめ頃から江戸で成田山不動が信仰されるようになり、出開帳のたびに錦絵に描かれるほどだった。
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富岡八幡宮内、横綱力士碑。
富岡八幡宮では、貞享元年(1684)に幕府許可のもと、初の勧進相撲が行われ、以後年2場所の相撲興業が定期的に行われたことにより、江戸勧進相撲発祥の地として知られるようになった。
歴代横綱の名が刻まれ、ウォーキング時最新は平成26年5月71代鶴竜力三郎である。
なお初代明石志賀之助は実在が議論されるところらしい。
当麻蹴速と野彌宿禰を相撲の祖というのも伝説の世界なので、初代横綱も伝説の人物、ということでよいでしょう。
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富岡八幡宮
寛永元年(1624)、当時永代島と呼ばれた小島に京都の公卿が八幡神像を奉安したのが始まりといわれる。
時代劇では寛永寺と並んでおなじみの有名どころである。
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