駅ハイ 目白ゆかりの地と日本ユネスコ協会連盟・プロジェクト未来遺産の雑司が谷で七福神をめぐる

目白駅スタート。選挙ののぼりもぼかしを入れておこう。何が選挙違反になるかわからない。

切手の博物館は世界最初の切手や日本最初の切手など様々な切手を展示している。シュールなポストが目印だ。

水質的に神田川に潜って大丈夫なのか。

都電は踏切がないところもあるので気を付けよう。

神田川。荒川水系の支流の一級河川。

文京区立新江戸川公園。
江戸中期に旗本の邸宅、江戸末期には徳川三卿の一つ清水家、そののち一橋家、幕末には肥後熊本藩細川家の所有となった。第二次世界大戦後、所有者を転々とした後、昭和36年に都立公園、昭和50年に文京区に移管され、現在に至る。

(ガン付けられている、、、)

カトリック東京大司教区 カテドラル関口教会 聖マリア大聖堂。
結婚式の記念撮影準備で椅子が並べられている。

ここからは雑司が谷七福神を巡る。
色紙を購入してスタンプを集めると七福神色紙が完成する。2010年に雑司が谷七福神の会か結成され、2011年初詣から七福神めぐりが開始された。町おこしのためと言って憚らない潔さが清々しい。

今日のコース名「目白ゆかりの地と日本ユネスコ協会連盟・プロジェクト未来遺産の雑司が谷で七福神をめぐる」は、どうもユネスコ、世界遺産がちらつくのでWebで調査しました。

日本ユネスコ協会連盟はユネスコの下部組織ではない。日本が国としてユネスコに加盟する1951年より前、現在の組織の前身が1948年に設立されたNGO、民間組織である。

プロジェクト未来遺産は日本ユネスコ協会独自の活動で、自然や文化遺産を後世に残そうというものだ。プロジェクト認定を通して世の中へのアピールを強化しようというものらしい。いくらかの支援金も出るが、ネームバリュー的な支援の方が強いようだ。

2014年12月認定の第6回「プロジェクト未来遺産」で「「雑司が谷がやがや」プロジェクト~歴史と文化のまちづくり」が登録され、雑司が谷七福神はそのがやがやプロジェクトのひとつに数えられている様子。

清土鬼子母神(吉祥天)
雑司が谷鬼子母神の像が出土した土地で、娘神の吉祥天を祀る。

清立院(毘沙門天)
村を疫病から救った僧侶が日蓮聖人像を寺に残したことが名前の由来。木彫りの毘沙門天像は区の登録文化財。

(猫の、、、視線を感じる、、、)

大鳥神社(恵比須神)
出雲大社摂社の鳳大明神の御分霊を鬼子母神境内に祀っていたが神仏分離令を経て現在地に遷座。恵比須神は遷座のどさくさで行方知れずになっていたが雑司が谷七福神創設に伴い再び祀られるようになった。

(また見られている。何やら猫の監視下に置かれているな、、、)

雑司が谷案内処。

鬼子母神の公孫樹。公孫樹はイチョウの別名。
樹齢600年以上で幹回りは8メートル、樹高30余メートル。

鬼子母神(大黒天)
雑司が谷鬼子母神で有名。七福神スタンプが置いてある建物は団子を売ってたので団子屋かと思っていたらそれが大黒天を祀る大黒堂だった、と言うのを知ったのは帰宅してからだった。写真は境内内の鬼子母神像。

観静院(弁財天)
加藤清正が納めた尊像をご神体とする寺。

テレビでも有名な老眼めがね博物館

中野ビル(布袋尊)
大正六年(1917)、中野石材商店により親子像として建立、店頭に祀られた。昭和62年に第六・七中野ビル落成時にビル前に安置され、2010年には雑司が谷七福神の創設に賛同した中野家九代当主 中野正人により社が造営された。このような経緯で寺社の直接管轄ではないものとなっている。親子布袋尊として現在も親子像が祀られている。

仙行寺(華の福禄寿)
コンクリ打ちっぱなしのお堂に3~4頭身もデフォルメされた福禄寿を守るように3~4頭身の金剛力士像?の三体が祀られている。これで七福神色紙は完成した。

自由学園明日館。みょうにちかん。
大正十年(1921)に自由学園の校舎として建設。昭和9年(1934)に学園が東京都東久留米市に移転してからは卒業生の活動の場として使われた。関東大震災、第二次世界大戦を乗り切り、平成九年、国の重要文化財に指定された後、3年間の保存修理を経て、現在は「使いながら保存する文化財」として結婚式、コンサート、展示会など多くの人が利用する。

豊島区立目白庭園。
庭園の来歴がわからない。

目白駅に戻ってゴール。